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2020年1月25日

🔶説教題:メシアが来る

🔶説教者:佐久間典臣

🔶聖 句:マタイ24:15〜44

 

世の終わりと聞けば、何か現実味の無い話しのように感じるかもしれません。しかし、2000年前のイエス・キリストの言葉には、耳を傾ける必要があります。マタイは終末の前兆を話されたイエスの言葉をまとめて記録しました。それは、エルサレム神殿の破壊が異教徒の手によって起こることの警告から始まり、キリストが再臨される時の徴にまで言及されました。そして、前者はその通りに起こりました。ですから後者の預言も確実に起こるはずです。ここから、何を学ぶべきかご一緒に考えてみましょう。 

2020年1月18日

🔶説教題:終末の徴

🔶説教者:佐久間典臣

🔶聖 句:マタイ24:3〜14

 

 終末と言うと世の終わりをイメージし、恐ろしい感じがするでしょう。実際に、この世は終わることが聖書に書かれていますし、再臨の時にはすべての人が裁かれ、天国へいける人とそうでない人が分かれるのです。今日の聖書箇所には、初代教会時代の弟子たちが遭遇する厳しい状況が時の徴として描かれています。そして、それらはまた現代の私たちにも教訓を与え、時を見分ける徴として適用できそうです。ご一緒に確かめましょう。

2020年1月11日

🔶説教題:神殿の崩壊

🔶説教者:佐久間典臣

🔶聖 句:マタイ23:17〜4:2

 

 キリストの悲しい嘆きが聴こえます。エルサレム神殿がイスラエルの民たちの不信仰により、ついには破壊されてしまうのです。そして、この麗しい神殿の主であるキリストが神殿から去って行くのです。神のいない壮麗な神殿。旧約聖書に記録されている通りに、預言者を殺してしまう彼らは、キリストを歓迎する事なく、ついには殺してしまうのです。もはや、彼らの宗教は形式以外のなにものでもないのです。そして、クリスチャンの誕生は、聖霊がクリスチャンの中に住うということによって、クリスチャンが神殿となるという奇跡を起こしたのです。

2020年1月4日

録音に失敗しました。この日の録画はありません。申し訳ありませんでした。

2020年1月1日

🔶説教題:願いはかなう

🔶説教者:佐久間典臣

🔶聖 句:マルコ11:23、24

 

 信仰を持った人たちは、実に恵まれています。聖書を読めば、良い約束がいくつも見つけることができます。恵みにあふれた人生を送ることができます。それなのに、クリスチャンが祈りが聞かれないとか信じても願いはかなわない、などと言っているのはどうしてでしょう。どんなことにも練習が必要ですが、信仰もそうなのです。罪人は否定的な思考を持っているのですが、それが救われた後にも影響が残るので揺れてしまうことがあるのです。それを解決する方法を学んで、新年を信仰の飛躍の年にしましょう。

2019年12月28日

🔶説教題:仕える人がいちばん偉い人

🔶説教者:佐久間典臣

🔶聖 句:マタイ23:1〜12

 

 世界中どこでも固有の文化があり、礼儀が確立しています。親や年長者を敬い、宗教の導師を敬うことは世界中何処も変わらないのです。今日の聖書箇所から、イエス以外に先生とか師とは言わないことにしよう、と単純に考えては本来の趣旨からも逸れてしまうでしょう。自分に福音を教え、聖書を解き明かし、信仰を指導してくださった先生を今でも尊敬し、敬意を表しています。それがダメと言うはずがありません。そして、もう一つ関連して重要な教えが「仕える人がいちばん偉い人」というものです。その内容はビデオでご覧ください。

2019年12月22日

🔶説教題:王の誕生を拝みに

🔶説教者:佐久間典臣

🔶聖 句:マタイ2:1〜12

 

クリスマスに語られる美しい物語です。東方より博士たち来る。メシアなるイエスがお生まれになったのに、肝心のイスラエルの人々は知りませんでした。異邦人の博士たちがユダヤの王が生まれたしるしの星を発見して、困難な長旅をして、とうとう赤ちゃんイエスを発見します。そして、イエスを拝み、この王への贈り物をするのです。王が分かった人たちと王がわからなかった人たちに別れました。今日も同じようなものですね。

2019年12月14日

🔶説教題:主なるメシア

🔶説教者:佐久間典臣牧師

🔶聖 句:マタイ22:43〜46

 

ファリサイ派の考えるメシア像は間違っていました。ローマの圧政に苦しむイスラエルの民は、力づくでローマから救い出してくれるメシアを期待していたのです。しかし、イエスは人が永遠の命を得るために罪の問題を解決するために十字架の道を選ばれました。そして、三日目に墓から復活したのです。これは、ただの人間にはできない事です。神の独り子であられるイエスだけが死んだものを生かす救いを与えることができたのです。見せかけの幸福ではなく、内面まで生まれ変わらせ神の子とする、完全な救いです。あとはビデオをご覧ください。

2019年12月8日

🔶説教題:最も重要な掟

🔶説教者:佐久間典臣

🔶聖 句:マタイ22:23〜40

 

最も重要な掟とは何でしょうか。イエスの教えは、申命記6章4節からの引用で「あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。」というものでした。そして、掟はもう一つ同等なものとして挙げられました。それはレビ記19章18節からの引用で、隣人を自分のように愛しなさい、というものだったのです。では、これらの愛することとはどのような意味があるのか考えてみましょう。

2019年11月30日

🔶説教題:私の神

🔶説教者:佐久間典臣

🔶聖 句:マタイ22:23〜33

 

サドカイ派の人々がイエスに挑戦します。彼らは、聖書はモーセの五書だけだとし、そこに復活が書いていないので、復活は無いと主張していたのです。彼らは、イスラエルの貴族階級で、現状を維持したいと考えていました。ところが、イエスは思いもかけない事を言い出します。それは、五書の中に書かれた言葉が、復活を示唆している事、何よりも神は人を生かす方で、生きている者の神であるというのです。お話しを聞いてみましょう。

2019年11月23日

🔶説教題:神のもの

🔶説教者:佐久間典臣

🔶聖 句:マタイ22:15〜22

 

イエスを罠に陥れようとしたファリサイ派の人たちの企みは、たちまち見破られ、逆に驚く回答を聞く事になりました。そこに出て来る、「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」という言葉が今日の考えるポイントです。ぜひ、聞いて考えてみてください。

2019年11月17日

🔶説教題:選ばれた人

🔶説教者:佐久間典臣

🔶聖 句:22:1〜14

 

イエスの譬え話から考察します。今までの流れの中で、同じ趣旨の話がなされます。ここで、特に礼服の話が出てきます。そこから、礼服の意味がなんであるか、考えてみましょう。

 

2019年11月9日

🔶説教題:捨てられた親石

🔶説教者:佐久間典臣

🔶聖 句:マタイ21:33〜46

 

 旧約聖書から、イエスの物語まで話は一続きに繋がっていることを改めて知る箇所です。預言者がイスラエルに遣わされても、彼らは悔い改めて主に立ち帰ることをしようとはしなかったのです。主が来していた実を結ぶこともなく、主に彼らを見捨てなければならない決断をさせただけだったのです。彼らは多くの預言者を殺し、最後には御子イエス・キリストを殺してしまいます。宗教家もイエスを見誤ってしまうのです。

2019年11月2日

🔶説教題:神に帰る心

🔶説教者:佐久間典臣

🔶聖 句:マタイ21:23〜32

 

 祭司長たちは、イエスに詰問します。宮を荒らされたと思い、腹を立てていたのでしょう。そこで、イエスに何の権威でこんなことをしたのか、誰が権威を授けたのか、と「権威」について問いました。この権威の問題を一つ取り上げます。次に、譬え話から、悔い改めた者が救われる意味を考察します。私たちへの主の愛がここでもはっきり分かるはずです。

2019年10月20日

🔶説教題:神がいられない神殿

🔶説教者:佐久間典臣

🔶聖 句:マタイ21:12〜22

 

イエスの宮清めがあっても、祭司も宗教家もイエスに対する無理解があり、彼らの宗教が、まさに神が立ち去ってしまう神殿を生み出してしまいます。これは旧約聖書の預言者の予言の成就なのです。そして、小さな者が自分自身と重なる時に、主が義とすることのできる者がこの小さな者である事を確認します。大変興味深い内容ですから、ぜひご覧ください。

2019年10月6日

🔶説教題:貧しい王様

🔶説教者:佐久間典臣

🔶聖 句:マタイ21:1〜11

 

 メシアはエルサレムに子ろばに乗って入場します。それは、旧約聖書の預言通りでした。それは、猛々しい馬に乗って来る戦いの王ではなく、平和の王であることを意味していました。これは、イエスが十字架で私たちを贖って、神と和解させてくださることによって生まれる平和です。いよいよ、イエスの十字架への道が始まったのです。この聖書箇所の隅々にイエスがメシアであり、貧しい姿であったがそれこそが預言されたメシアの姿だったのです。

2019年9月28日

🔶説教題:主よ、憐れんでください

🔶説教者:佐久間典臣

🔶聖 句:マタイ29〜34

 

 小なる者が救われる、という主の教えは、なかなか弟子たちにも理解できなかった。その中で、二人の盲人が主に憐れみを乞う場面がこの聖書箇所です。「主よ、憐れんでください」この叫びは、叱られても止められてもやめなかった。そして、主は立ち止まり、深く憐れみ、盲人の目を癒してくださった。この中に、イエス・キリストの意味があります。大きくなりたいと願う者たちは、実は小であるからそう思うのです。それが宗教であれば、律法を完全に守って立派な行いにより義と認めてもらいたい、となるのです。しかし、人間の努力では義となれない悲しさがあります。唯一希望は、イエス・キリストがたとえ小なる者でも義としてくださるということです。このことを聖書から読み解きます。

2019年9月21日

🔶説教題:仕える者となる

🔶説教者:佐久間典臣牧師

🔶聖 句:マタイ20:17〜28

 

 イエス・キリストが弟子たちに理解させようと教え続けた、小さな者で良いという話がどうしても悟れない人たちの話が今日の箇所です。そして、イエスが異邦人に渡され、侮辱され、ムチ打たれ、そして十字架に架けられる、というイスラエル人には最もショッキングで耐えられないような話を主が語られました。クリスチャンが目指す生き方にも関わる重要な真理を少しでも理解できようにご一緒に考えてみましょう。

2019年9月14日

🔶説教題:先の者が後になり

🔶説教者:佐久間典臣牧師

🔶聖 句:マタイ19:27〜20:16

 

イエスが教えていることは、今日のクリスチャンにとっても重要なことです。当時のユダヤのファリサイ派や律法学者など宗教家が自分たちの功績を誇っていたことは明らかです。それは、小さな者と比べられ、この世の取るに足りないものや何の功績も無い者がキリストのゆえに救われることを宗教家たちは認めることができませんでした。このキリスト教の救いの重要な箇所をご一緒に考えてみましょう。

2019年9月7日

🔶説教題:富める青年

🔶説教者:佐久間典臣

🔶聖 句:マタイ19:13〜26

 

 イエスのおっしゃる「小さな者」と富める青年のような「大きな者」の対比があって、律法を完全に守って、その行いによって報いのように永遠の命を得ようとする考えは強力で、それがイエスの救いの意味を理解する最大の障害になっています。どんな人も結局は罪人であり、罪人という意味は、神の掟を完全には守れないという意味になるので、神の憐れみにより、恵みで救われるしかない。その恵みを受け入れることができる人が「小さな者」なのです。考えさせられる箇所なので、ご一緒に真理を探ってみましょう。