2019年12月ディボーション

12月1日(日)

ダビデは心に思った。「このままではいつかサウルの手にかかるにちがいない。ペリシテの地に逃れるほかはない。そうすればサウルは、イスラエル全域でわたしを捜すことを断念するだろう。こうしてわたしは彼の手から逃れることができる。」

サムエル上27:1

 

 

敵と戦わずに危険から脱する方法が、ここに出て来ます。ダビデは、サウル王が自分にとって代わってダビデが王となる、と危機感を募らせて、そうなる前にダビデを殺そうとしていることを知っていました。そのために逃亡生活が続いていたのです。しかし、たびたびサウル王の命を奪う事ができるチャンスが訪れました。そのたびに、ダビデは主が油注がれた人だからとサウル王を殺さずにいたのです。しかし、サウルがいつまでも執念のようにダビデの命を狙い続けるので、とうとう考えた結論が今日の聖句です。王というものは自分の領土だけが支配できるのであって、他国には権威が及びません。それで、ダビデは同じ領土にいるからいけないのであって、サウル王の支配の及ばない外国へ出てしまえば、彼は追撃をやめるだろうと考えたわけです。これは効果があったのです。誰か、自分を敵視する者がいれば、そのテリトリーから出てしまえば安全です。しかし、近づけばまた排除しようとするでしょう。ダビデは、王のライバルとみなされなければ安全であることを学びましたから、ガトの王、アキシュを安心させる事に気を遣っています。男性は、猿山のボスに近づけば、挑戦者とみなされ勝てばボスとなり、負ければ群れを出ていかなければならないことを理解できるでしょう。人間もサルも大してかわりないのです。それにしても、ダビデは豪胆ですね。敵の王のもとに庇護を求めたのですから、勇気と機知に富んでいなければできなかったでしょうが、それ以上に信仰があったのです。

 

12月2日(月)

サウルはペリシテの陣営を見て恐れ、その心はひどくおののいた。サウルは主に託宣を求めたが、主は夢によっても、ウリムによっても、預言者によっても、預言者によってもお答えにならなかった。

サムエル上28:5、6

 

サウル王がいよいよ最後を迎えようとしています。ペリシテの軍勢が攻めて来たのです。その威容を見てサウルは恐れおののいたのです。時は、サムエルが亡くなり、偉大な神の人がいなくなったのです。戦争は殺し合いですから、絶対に勝たなければなりません。愛する家族の運命もかかっているのです。そこで、常であれば、サムエルに主の託宣を聞いてもらうのですが、既に世を去りました。自分で主に託宣を求めるのですが、何によってもお答えになりません。万事窮して、禁じ手である、口寄せを探しました。神の忌み嫌う口寄せや占い師、魔術師をサウル自らが追放していました。しかし、今、困ったサウルはタブーを犯すのです。その結果は最悪でした。サムエルが言うには、主は既にサウル王の敵になり、王国はダビデのものになる、と言うのです。そればかりか、明日には、サウルも子供たちも戦死すると明言しました。そして、悲しいことにイスラエルもペリシテの手によって殺されると言うのです。ファリサイ派の人は、この聖書箇所を死んだサムエルが起きてきたので、復活があることの根拠にあげています。それも、死んだ時のままの姿で復活するとします。それはさておき、主に託宣を聞くことのできる人がいるのです。それは、主に忠実な人でなければ難しいのです。サウルは口寄せや魔術師を追放したのは良いのですが、困れば、探し出して頼りました。ここがいけないのです。自分の都合で変えることはいけません。私たちも、主にいかに忠実となれるでしょうか。サウルは悪い例となり、ダビデは良い例となります。さらにサムエル記を読み進めましょう。

 

12月3日(火)

アキシュはダビデに答えた。「わたしには分かっている。お前は神の御使いのように良い人間だ。・・・」

サムエル上29:9

 

ペリシテはイスラエルと戦うことになり出陣しました。アキシュはダビデを気に入り、護衛の長に任命しましたから、この戦に一緒に出陣したのですが、他の武将たちがダビデを警戒し、一緒に出陣する事を拒んだのです。ペリシテ人たちは、ギリシャから船で渡ってきたために、ギリシャ同様に都市国家を形成しました。そのために、都市ごとに王がいて、戦争になれば、それぞれの王たちが連合して戦いました。今回は、神様がダビデを守るために、他の武将たちにダビデの帯同を拒ませたのです。これなら、アキシュも納得し、ダビデは将来イスラエルの王となる時に、あの時、ペリシテ軍としてイスラエルを攻撃したと責められる危険があったのです。もし、そうなれば、きっと国民が納得しないので王とはなれなかったでしょう。これで、ダビデはイスラエルと戦うことなく、無事でいられました。しかし、敵であるペリシテの王アキシュにこれほどまで信頼を得るということは尋常ではありません。その秘訣は、アキシュの言葉にあります。「お前は神の御使いのように良い人間だ」という言葉です。ダビデの魅力の源泉はここにあったのです。私たちも、神様の御目に叶うためには、見習う必要があります。敵からも、神の御使いのように良い人間だと言われるような者になりたいですね。クリスチャンが良い人間であることは正しいことですから、自覚して生きることも意義深いです。

 

12月4日(水)

荷物のそばにとどまっていた者の取り分は、戦いに出て行った者の取り分と同じでなければならない。皆、同じように分け合うのだ。

サムエル上30:24

 

今年のラグビー・ワールドカップは日本人に多くの影響を与えました。その中で、日本チームが「ワンチーム」をスローガンに見事な快進撃をしました。フィールドに立って、活躍する選手も、控えの選手も、サポートのスタッフも皆、同じワンチームなんだ、全員の力で勝利するのだ、と私たちの心に訴えてくるものがありました。今日のダビデ物語にも、同じようなことが出て来ました。緊迫した敵の略奪隊の追跡劇の中で、力尽きて川を渡ることのできずに残った兵士たちにも、戦いの戦利品を分配するとダビデが決める場面です。実際に戦う事の無かった者にも分け前を与えることが良いことであるとダビデは考えたのです。その理由は、我々を守ってくださったのは主であり、敵を負かすことができたのも主のなされたことなのだ、と理解していたからでした。これは、クリスチャンにも適用できます。どんなことでも主と共に行うなら、それはうまくいくのです。たとえ、それが自分のしたいことや自分の計画であっても、主と共に実行しようとすれば、間違った事を修正され、御心にかなった結果へと導いてくださいます。そこで、自分の成功も主のおかげである事を理解するようになれるのです。そのような人の特徴はことごとく主への感謝が出てくることです。そして、公平に分配する事を惜しいとは思わなくなります。自分が活躍したから、とか自分の手柄なのだから、と思わなくなります。自分のチームであれば、全員の功績と自然と思うようになるのです。物事に執着することも少なくなってくるでしょう。それらは、皆、主のおかげであると知っているからです。

 

12月5日(木)

ギレアドのヤベシュの住民は、ペリシテ軍のサウルに対する仕打ちを聞いた。戦士たちは皆立って、夜通し歩き、サウルとその息子たちの遺体をベト・シャンの城壁から取り下ろし、ヤベシュに持ち帰って火葬に付し、彼らの骨を拾ってヤベシュのぎょりゅうの木の下に葬り、七日間、断食した。

サムエル上31:11~13

 

ギルボア山での戦闘は惨敗だった。イスラエルの勇士たちは無残にも敵ペリシテ軍に壊滅的に打ち負かされた。サウルの三人の王子たちも次々に戦死し、そして、サウル王も深傷をおい、周りには武器を持つ従卒一人しかいなかった。もはやこれまでとサウルは自決し、従卒も後に続いた。激しい戦闘の翌日、戦死者からはぎ取ろうと、ペリシテの兵隊が現れた。これは、映画「地獄の黙示録」の中でベトナム戦争で大勢の戦死者が戦場に倒れていると、その死者から何がしか盗み取ろうとする兵隊が現れるシーンがあって、戦争の惨さや、人間の鬼畜にも等しい姿が印象的に描かれていた。それが、まさに古代のサウル王の戦死した場面を現代に再現したように見えた。そのようなペリシテ軍の者たちが、死者に敬意を表することもなく、死者を傷つけ、その遺体をベト・シャンの城壁にさらしたのだった。その時、その知らせを聞いたギレアドのヤベシュにいた、勇士たちが皆奮い立ち、サウル王の遺体を取り戻そうと出て行った。彼らは、夜通し歩き続け、とうとうサウルとその息子たちの遺体をさらされていた城壁から取り下ろし、連れ帰ったのだった。彼らは、サウル王と王子たちの遺体を火葬にして、遺骨を拾った。そして、手厚く葬ったのだった。彼らは七日間、喪に服し、断食した。時に、私たちも勇気をふるい立ち上がらなければならない。勇士のように決死隊となって、困難をものともせずに、踏み越えていかなければならないことがあるのだ。その時に、自らの命を考えることなく、義憤にかられ、ふつふつと勇気が湧いてくるのが勇士だ。私たちも、必要ならば、主のために勇士となることができるはずだ。

 

12月6日(金)

ああ、勇士らは戦いのさなかに倒れた。ヨナタンはイスラエルの高い丘で刺し殺された。あなたを思ってわたしは悲しむ、兄弟ヨナタンよ、まことの喜び、女の愛にまさる驚くべきあなたの愛を。

サムエル下1:26

 

ギルボア山での戦いは、ヨナタン王子の命をも奪ってしまいました。ダビデにとって、最も身分の低い者から立身出世して王の近衛隊の隊長にまで取り立ててくれたのは、サウルであったのです。ダビデは、王の食卓に家族・親族のように並び、王の愛顧を受けていたのです。それが、ダビデの活躍と人気に嫉妬したことがサウルの精神を病むきっかけとなりました。それがダビデへの恐れから狂気になり、サウルはダビデの命を狙うようになりました。しかし、サウルとダビデの関係は言葉で説明し得ないほど深いものがありました。それゆえ、ダビデがサウルの戦死の知らせを聞いた時の悲しみは特別だったのです。そして、さらにダビデを打ちのめしたのは、ヨナタンの死です。ダビデは、「女の愛にまさる驚くべき愛」と表現しているように、ヨナタンのダビデへの傾倒は尋常では無かったのです。一人の人から、自分の命以上に愛されることは普通ではありません。ダビデが王となって行くことの背景にヨナタンの存在は決して小さくありません。王になるということは、その血縁であることが重要です。それが、血縁でもなく、サウルの部族でもなく、身分の最も低い者が、サウル王家に変わって、ダビデ王朝を立てるということ自体が本当は不可能に近いことなのです。それが、主によって実現するのです。しかし、今までの物語を読んできた読者には、ダビデの苦労が大きかったことを知っています。それを支えたのは、一つはヨナタンのダビデに対する愛だったのです。それをダビデが一番知っていました。それで、この戦士の知らせは、ダビデにとって大きな喪失であったのです。しかし、皮肉なことに、これでダビデは王になる道が大きく開たのです。サウル王家と戦うことなく、自らの手でサウル王を殺すこともなく、今やダビデは、王となるまであと一歩のところに置かれたのです。私たちは、自分を愛してくれる人を大切に思いますが、主が取り去られることもあるのです。それに代わる人が現れることはないかもしれませんが、それでも自分の進むべき道が見えてくることもあるのです。人生の不思議です。

 

12月7日(土)

ダビデはギレアドのヤベシュ人々に使者を送ってこう言わせた。「・・・ユダの家はこのわたしに油を注いで自分たちの王としました。」

サムエル下2:5、7

 

ダビデはユダの王になりました。しかし、サウルの軍の司令官であったアブネルはサウルの残された子イシュ・ボシェトを全イスラエルの王として擁立し、ダビデと対立しました。ここから、内戦が始まります。アブネルは、ダビデがユダのヘブロンで王となったことを受け、彼らの本拠地をマハナイムに移します。聖書地図で場所を確認しておけば、今日のダビデの行動の真意がわかります。サウルの本拠地はギルガルでした。ここでは、マハナイムは近すぎます。そこで、ヨルダン川を渡り、さらに北上してマハナイムへ移動したのです。さて、ヤベシュはどこにあるか探してみると、マハナイムの背後にあります。そして、ダビデは、ヤベシュの人々に使者を送り、ダビデと協定を結ぶように迫ったのです。このことで、アブネル将軍は背後にも敵を置くことになってしまうのです。しかも、ヤベシュの人たちは勇士だったのですから、退路を立たれたも同然でした。ダビデがただ戦上手の武勇に優れた人であっただけでなく、戦略家であり政治的にも優れていたことがうかがい知れます。戦いに勝つということは、感情に任せて無鉄砲に戦うのではなく、状況を見極めることが肝心なのです。そして、どうすれば良いのか分ければ、すぐに決断して、果敢に行動するのです。戦いは、戦う前に決するということです。このことは、何かの目的を達成するには、見極めと、研究、そして戦略を決め、そのための準備に時間をかけることです。この時に、出費をためらってはいけません。ためらう程度の目標なら、初めからやるべきではありません。計画が決まれば、後は計画の進捗状況を目で見えるように工夫することも大切です。もうすぐ、一月がきますが、一年の計を考えてみるのも良いでしょう。

 

12月8日(日)

アヤの娘リツパという名の女がいた。この女はサウルの側女であった。ある日イシュ・ボシェトはアブネルに、「なぜ父の側女と通じたのか」と言った。アブネルはイシュ・ボシェトの言葉に激しく怒って言った。

サムエル下3:7、8

 

「不用意な一言」がどんな悲劇を生むことか、よくわかる事例がここにあります。問題は、イスラエルの王であるサウルが戦死して、王位継承権の高い三人の息子たちも戦死し、戦争にすらいけなかった息子イシュ・ボシェトが王となったことです。ダビデはすでに出身部族のユダの王になりました。イシュ・ボシェトは、実力がない上に主が選んだ王ではありません。軍隊を押さえたアブネル将軍が実権を握って行きます。彼には野心はありませんでした。イスラエルの民もアブネル将軍がいるので、イシュ・ボシェトを王としているのです。そのような時に、今日の聖句のようなことが起こりました。サウル王の側女と通じるとは、アブネルが王になる意思表示と取られても仕方ないのです。当時の習慣で、新しく王となるものは、前王のハーレムを自分のものとすることで王位を取ったことを表明していたからです。しかし、イシュ・ボシェトはアブネルを責めるようなことをしたのでしょうか。よくわかりませんが、この不用意な一言で、運命が大きく変わってしまいました。アブネルは、ダビデを王にしようと契約を結びます。それは、全イスラエルをまとめてダビデを王とするという内容です。ところが、ダビデは、その条件として初めの妻であるサウルの娘ミカルを連れてくるように求めたのです。ここにも、女性が関わっています。アブネルにとってのリツパ、ダビデにとってのミカル、それが何よりも重要だったのです。リツパは後に出てきますが、人として魅力があります。アブネルの苦しい胸の内を話せる唯一の女性だったのでしょう。ミカルはダビデを愛して妻となってくれた初めての女性です。サウル王によって引き裂かれてしまいましたが、決して忘れることができないのです。女が男の助け手として造られたという意味は、ここでもわかります。ただ、女性は男性ほどロマンティストではなく、柔軟で現実的であることがミカルによって後に思い知らされます。ダビデは何人もの妻を得ていたのに、今になって最初の妻を取り戻す必要があったのでしょうか。ミカルはサウル王によってパルティエルという男性に嫁がされていたのです。彼は良い人であったようです。泣きながらミカルを追いかけてきた記録が残っています。それをミカルはどんな気持ちで見ていたのでしょう。父によって愛する夫から引き離され、再婚した優しい夫から今度はダビデが引き裂き、ミカルの心は深く傷ついていくのです。相手の思いを推し量り、自分ではなく相手の気持ちを尊重することの大切さを覚えていたいと思います。

 

12月9日(月)

あらゆる苦難からわたしの命を救われた主は生きておられる。

サムエル下4:9

 

クリスチャンが喜んで良いのは、今日の聖句が当てはまるからです。なぜ、ダビデが主に命を救われ続けたのか。それは、ダビデが主を愛し、主の御目に正しいと思われることをいつでも選んできたからでした。それが、たとえ命を危ぶむような苦難の中であっても、主を第一に考えていたのです。そのダビデを守ってこられた主はダビデが正しいことを勇敢に行うことを認めていたのです。そして、今、イシュ・ボシェト王の首を持参した二人の男たちは、イシュ・ボシェトの家来だったのです。彼らは、ダビデの世になることを見越して、今仕えているイシュ・ボシェトを裏切り、その首を土産にダビデの元へ走れば、きっとダビデに褒められ、取り立ててくれるに違いないと思ったのです。それにしても哀れなのは、イシュ・ボシェトです。彼は昼寝をしていました。彼を守る者もいませんでした。その命を簡単に奪うことができました。王に対する敬意も何もない二人の家来に何も悪いことをしていないイシュ・ボシェトは殺害されたのです。ダビデは、それを見咎めて怒ったのです。主を恐れない彼らの仕業を命を持って罰したのです。私たちも、クリスチャンですから、何が正しいか、何が悪であるか、いつでも判断して正義に立つはずです。それは主が見ておられるので、ごまかしなど通用しません。主は生きているのです。ですから、人間的に損得で考えることはしないのです。ずるい考えは主が嫌うことです。そこで、正々堂々と生きることができることを願って、そのために貧乏くじを引いても良しとするのです。このような人を主は何としても守ってくださいます。そのことがありがたく、主への献身を新たにするのが信仰者の生き方なのです。ダビデはその点、良い模範となりました。

 

12月10日(火)

ダビデは主に託宣を求めた。「ペリシテ人に向かって攻め上るべきでしょうか。彼らをこの手にお渡しくださるでしょうか。」主はダビデに答えられた。「攻め上れ。必ずペリシテ人をあなたの手に渡す。」

サムエル下5:19

 

何か重要なことを決めなければいけない時には、まず主に祈りましょう。そして、主のお答えを求めましょう。主の御心だけがなるように、祈ります。初めのうちは主のお答えがわからないかもしれませんが、何度も祈っていけば、そのうち聞き取ることができるようになると思います。心配ならば、聖書から答えてくださるように祈ります。普段から聖書に慣れ親しんでいれば、聞きやすいでしょう。さて、今日のダビデの物語では、主は二回お答えになりました。初めの時には、「攻め上れ」でした。次のお答えは、後ろから責めるようにというものでした。イエス・ノー、だけではないのですね。主に祈って聞けるようになりたいですね。

 

12月11日(水)

サウルの娘ミカルは、子を持つことのないまま、死の日を迎えた。

サムエル下6:23

 

私たちは、サムエル記を読んでいると、エルサレムもサムエル記下5章までエブス人のものであり、エルサレム神殿もまだ無かったことを不思議に思うでしょう。エルサレムも神殿も初めからあったような気がするからです。しかし、ダビデが全イスラエルの王になってから、ようやくエルサレムを手にして、そこが天然の要害であったことから王の都にしたのです。徳川が江戸を開いて都としたのと同じです。それでも、神殿はまだ建っていませんでした。ダビデにとって、全イスラエルの王としての求心力は重要なことで、新しい王朝の都エルサレムを民が認めることは大切なことでした。そのために、神の箱がエルサレムに安置され、イスラエルの神がエルサレムに来られたと民に知らしめることが重要だったのです。ところが、神の箱を荷車で運ぼうとしたために、事故が起こり、人が死にました。ダビデの思惑が一気に崩れた瞬間でした。神はダビデの道具ではないのです。王は神に仕える者であって、何事も主の御心に従う必要があります。ダビデの計画ではなく、主のご計画が重要だったのです。二回目は、レビ人が律法に従って神の箱を担ぎました。今度は運ぶことに成功しました。人間の考えで主を利用してはならないという教訓があります。神の箱は聖なるものなので、荷車で物を運ぶように運んではいけなかったのです。神に聖別されたレビ人によって、運ばれる必要がありました。そして、無事に神の箱が運ばれました。この時、ダビデはどれほどホッとしたことでしょう。ダビデ王朝が成功するかどうかこの一事にかかっていたと言っても過言ではありませんでした。だから、ダビデは喜びのあまり神の箱の行列の前に踊ったのです。そして、それを見たミカルは、蔑みました。ミカルは王の娘であり、ダビデは最も貧しい家の子であったのです。そして、もし、今日の日を迎えるまでの苦労の旅路を一緒に過ごしていたなら、ダビデの喜びを素直に喜べたかもしれないのですが、サウル家の没落に代わって、王となったダビデとの関係は複雑なものがありました。ましてや、自分が若かった頃に見たダビデは、王の近衛隊長でヒーローだったのです。残念なことですが、サウルはダビデを嫌い、ミカルを別の男に嫁がせてしまいましたからダビデを諦めざるを得なかったのです。そして、新しい夫とそれなりに幸せな日々を送っていたのに、突然、無理やりにダビデの元へ連れて行かれたのです。目の前のダビデは、すっかり変わり、王としての風格すら感じさせたのです。しかし、何かを心配していたのですが、それが神の箱をエルサレムに運ぶことがうまく行かないということでした。ミカルは、その重要性を理解できなかったと思われます。なぜなら、サウル王の時には、王の町に神の箱を運び入れようとはしなかったからです。そこで、二度目の挑戦で神の箱がエルサレムに運ぶことができると分かった時、ダビデが喜びあまり踊りながら、神の箱を先導したのです。そして、民を万軍の主の御名によって祝福し、祝いの引き出物を配ったのです。これこそが神も民も認めたダビデ王の誕生だったのです。それが、ミカルには違って見えていたのです。そして、ダビデが最も晴れやかな祝いの日に、家族を祝福しようとやってきたのに、ミカルはダビデを蔑んで言ってはならない一言を発したのです。これがダビデを傷つけ、生涯ミカルを遠ざけることになったのです。

 

12月12日(木)

主はあなたに告げる。主があなたのために家を興す。あなたが生涯を終え、先祖と共に眠るとき、あなたの身から出る子孫に跡を継がせ、その王国を揺るぎないものとする。この者がわたしの名のために家を建て、わたしは彼の王国の王座をとこしに据える。

サムエル下7:11~13

 

ダビデ王がようやく落ち着き、王宮に住むようになった時、預言者ナタンに主のために神殿を建てることを相談します。しかし、主はナタンにダビデへの預言を語られます。それは、三つのことを含んでいました。まず第一に主がダビデのために「家を興す」こと。第二は、「神殿を建てる」のはダビデではなく彼の「子孫」であること。そして第三に、ダビデの「王朝」が続くということでした。「家」「王朝」「神殿」といづれも重要な事柄です。主がこれほどまでよくしてくださることにダビデは感激して応答の祈りを献げています。主は人を選び、それは人間にはわからない神の基準で選んでいます。現に私たちも神に選ばれ、主の召命があり、それに自らの意思で応答したのです。ですから、この先も主はあなたを祝福し、正しい道へと導き、あなたの想像を遥かに超えた恵みへと導かれるのです。それゆえに、堕落しないこと、罪を見逃しにしないこと、信仰による義を極めること、いつも喜び、全てのことを感謝し、絶えず祈ることです。なぜなら、恵みはすでにあなたに与えられているからです。疑うことなく、恵みから恵へと進みましょう。主を信じることだけに心を傾けましょう。そうすれば、一生幸福に生きることができます。

 

12月13日(金)

主はダビデに、その行く先々で勝利を与えられた。

サムエル下8:14

 

サムエル記下の2章からダビデ王物語が始まりました。日本で言えば、織田信長の家臣であった豊臣秀吉の大公記のようなものです。重要なことは、王が勝利に勝利を重ねることです。ダビデの勝利の記録が驚異的な実績として記録されました。大軍を持ってしても、ダビデにはかなわない、それほどの大勝利を重ねました。このこともあって、ダビデ王朝は確実に盤石なものになって行くのです。この頃のダビデ王朝の官僚名簿が16節から記録されています。この人たちがダビデ王朝で支配階級の人たちです。何にしろ、大事を成し遂げようとすれば、一人ではできません。信頼できて能力の高い部下が必要です。ここに出てくる名簿は、適材適所でありますが、問題がないわけではありません。問題は、大事を成し遂げた後に来るものです。つまり、命がけで戦っている戦国時代が終わって、平和な時代が来た時にこそ問題が起こってくるのです。人間、生きるか死ぬかというような時には、あまり悪いことを考えられないのでしょう。むしろ、平和であるからこそ、余計なことを考える人が出てくるのでしょう。さて、ダビデ王朝も閣僚名簿が書けるぐらいにまとまってきたのです。そのダビデに勝利を与えておられたのは主でした。私たちも、主によって行く先々で勝利を得る者となりたいですね。

 

12月14日(土)

「メフィボシェトよ」とダビデが言うと、「僕です」と彼は答えた。「恐ることはない。あなたの父ヨナタンのために、わたしはあなたに忠実を尽くそう。父祖サウルの地所はすべて返す。あなたはいつもわたしの食卓で食事をするように」

サムエル下9:6、7

 

ダビデ王朝が確立すると、ダビデはヨナタンとの約束を果たそうとしたので、ヨナタンの子であるメフィボシェトを見つけ出し、王の食卓に連なる者としました。そして、サウル王の執事であったツィバにメフィボシェトに仕えるように命じました。ここで、「忠実を尽くそう」と訳されている原語は「へセド」です。恩寵を表すような意味がありますが、法的契約関係を表す言葉です。「恩沢に浴させよ」という訳もあります。ダビデの信仰は主への忠実です。主の約束したことは必ず果たす、これがダビデの信仰です。ヨナタンによって、誓わされた言葉がここに来て果たされなければなりません。そして、ダビデは、忠実に約束を果たしました。本来なら、戦国時代ですので、ダビデの前の王家の者は命を奪われる危険がありました。ダビデに謀反を起こす可能性があるからです。しかし、生き残ったヨナタン王子の子供は、両足が不自由な障害者でした。それが一つダビデの危機感を良わけたのは事実だと思います。それでも、王の食卓にあずからせ、いつでも目の届く範囲に置くことになりました。ダビデは、まだ気づいていませんが、ツィバの気持ちです。彼は王様に仕えていた人なので、今ではダビデのお情けで生かされているだけのメフィボシェトに仕えることは本意ではありません。実力が見合わないのです。それが、後々の問題を引き起こすことになります。人間の難しさは、プライドです。出世欲が強い人は、権力者に従順です。ツィバはそのようなタイプです。ですから、仕える方が希望がないなら、鞍替えしたくなるはずです。彼にとっては、ダビデ王に仕えるのなら、自分に見合った働きだと思ったのでしょう。人の心を良く理解するダビデが、この時ばかりは、ヨナタンとの約束の履行にばかり、目がいって十分な配慮が欠けてしまったのです。もう一方のメフィボシェトは、サウル家の者としてダビデ王にどのような心境でいるのでしょう。憎しみでしょうか、それとも感謝でしょうか。それも、やがてはっきりしてくるでしょう。人間それぞれに考えがあり、心の思いがあるので、それが人間関係の中で興味深いのです。

 

12月15日(日)

この人たちが甚だしい辱めを受けたという知らせがダビデに届くと、ダビデは人を遣わして彼らを迎えさせ、王の伝言として、「ひげが生えそろうまでエリコにとどまり、それから帰るように」と言わせた。

サムエル下10:5

 

アンモン人の王が亡くなりました。一国の王が亡くなるという事は、国家が危機に直面したという事です。この時の権力を継承した者の力量が問われます。ここでは、王の息子のハヌンです。しかし、ハヌンの取り巻きはどうもダビデを恐れていたようです。ダビデと先の王の関係は良かったのですから、息子もダビデとの良好な関係を継続する事に全力を注ぐことが肝心でした。というのも、アンモンとは現在のヨルダン王国の首都アンマンのことです。地理的にはお隣の国なのです。創世記の記録によれば、ロトの娘たちと父親から生まれたのがモアブとアンモンです。そう考えれば、遠い親戚のようなものです。しかし、時は戦国時代ですから、ピリピリした空気が張り詰めていたのです。そこで、疑心暗鬼になった家臣たちが、ダビデの友好的な使節をスパイと断じて、辱めてしまいました。それは、まず髭を半分剃り落としました。イスラエルの民は髭を生やす文化でした。ですから、髭を剃ることを恥ずかしいと考えるわけです。それを知って、侮辱したわけです。日本の武士であれば、ちょんまげを切り落とすようなことです。さらに、衣服の下半分を切り落として、下半身が丸出しの状態にして、辱めたのです。これが外交使節団に対して行ったことですから、いかに無礼で挑発的であったかが分かります。さて、興味深いのは、そのような事になれば、イスラエルの外交使節団の人たちは、ダビデ王に恥をかかせたという事になりますから、さぞやダビデ王に叱責されるなり、罰を受けただろうと考えるのですが、実際にはその逆で、ダビデは彼らの気持ちをおもんばかって、メンツが立つように髭が生えそろうまでエリコにとどまるように、命じました。みっともない姿のまま帰国すれば、末代までその家の恥となったところです。そうならないように家来のことをちゃんと考え、「心配するな。体面を整えてから、堂々と帰ってこい」というのがダビデです。この人情味のあるところが良いのです。そして、その後、ダビデは大きな戦いに出て行く事になります。その戦果がいかに大きなものであったかが記録されています。実際には、アンモンだけでなく、アンモンが頼りにしたアラム軍を打ち負かすことができたことが大きな収穫です。これで、イスラエルをに不安を与える脅威を消すことができたのです。これで、ダビデは近隣諸国を制圧し、さらにアラム人にもダビデは怖いという思いを植え付ける事になったのです。ダビデは名実共に偉大なイスラエルの王としての確固たる地位を築きました。

 

12月16日(月)

王の僕ヘト人ウリヤも死にました。」 ダビデは使者に言った。「ヨアブにこう伝えよ。『そのことを悪かったとみなす必要はない。・・・・ダビデのしたことは主の御心に敵わなかった。

サムエル下11:24、25、27

 

ダビデ王物語には光と影がありますが、今日の11章は影の部分です。時は春です。乾季を迎え、いよいよ戦争ができる季節になりました。そこで、アンモン攻めが始まりました。ダビデ軍は果敢にアンモンを攻め、敗走するアンモン軍はラバに逃げ込みます。ダビデ軍はラバを包囲し、戦は長期戦になりました。その頃、ダビデは、多くの敵を退け、アンモンは時間の問題で負けるだろうと、軍の司令官ヨアブにすべてを託して、自らはエルサレムの宮殿に残ったのです。そして、午睡の後、屋上から城下を見下ろすと、絶世の美女が沐浴をしているのが目に入ったのです。その一瞬の出来事がダビデを大きく試みる事になりました。ダビデは、その女性がダビデ三十勇士の一人であるウリヤの妻、バト・シェバであることを知ります。そして、王の使いの者たちをやって、バト・シェバを召し出したのです。どうやら、ダビデとバト・シェバは運命的な出会いをしたようです。結果的にはダビデは隣人の妻を欲しがり、姦淫の罪を犯し、自分のしたことを隠すために夫を殺してしまったのです。罪というものは、初めは小さな誘惑から始まり、一旦罪に踏み出すと転げるボールのように、次々に罪の連鎖を止めることができなくなるのです。さて、古代世界で、王は絶対的でこのようなことをしても罰せられることはありませんでした。しかし、23節のダビデがヨアブに伝言した言葉「そのことを悪かったと見なす必要はない」を直訳すれば、「あなたの目に悪くするな」です。そして、27節の最後の言葉「ダビデのしたことは主の御心に敵わなかった。」も直訳は、「ヤーウェの目に悪かった」となります。ここで、作者は対照的な表現をして、罪を犯すとそれを人間は正当化しようとすることを明らかにしました。そして、対照的に神様は揺るがぬ正義の基準ですべてを見ていることも明らかにしたのです。王が唯一の裁く者であれば、誰も王を裁くことがないのですが、神様が黙ってはいないので、次には神様の裁きがダビデにくださる事になります。

 

 12月17日(火)

なぜ主の言葉を侮り、わたしの意に背くことをしたのか。あなたはヘト人ウリヤを剣にかけ、その妻を奪って自分の妻とした。ウリヤをアンモン人の剣で殺したのはあなただ。それゆえ、剣はとこしえにあなたの家から去らないであろう。あなたがわたしを侮り、ヘト人ウリヤの妻を奪って自分の妻としたからだ。』

サムエル下12:9、10

 

サムエル記は交差法という文学手法を駆使して書かれていることが知られています。12章では、1~7イ節をAとすると、それに対応するA’は13~15イ です。それが外側の枠になっていて、その内側に B7ロ~8節に対応してB’11~12節、そして中心のCが9~10節です。交差法では、一番言いたい大切な事を真ん中に置いて、周りから中心へと集中することで、この文章の最も大切なことを読者に気づかせようとしているのです。そこで、今日の聖句の箇所が重要となります。バト・シェバ事件は誰の目にも悪とうつります。そのことを神様はどうされるのか読者は関心を持ちます。その答えが12章であり、この聖句でもあるのです。ダビデは、戦争に明け暮れて気を抜くことができなかったでしょう。それが、いよいよ大きな敵を討ち果たし、あとは時間の問題と思えるほどの勝利を得たのです。そして、もはや自分が直々に戦に出かけなくても、勝利は固いと思える程になったのです。そこに気の緩みがあったのでしょう。悪魔はその時を待っていたのでしょう。ダビデは、自制して罪を避けることもできたのでしょうが、自分の欲望のままに分別を失いました。その結果、罪を隠そうとして、さらなる罪を犯し、それをまた隠そうとして罪を重ね、というぐあいに罪がどんなに恐ろしいかをまさに実演してみせたのです。その結果は、大きな損失を招きました。そして、主を侮っていたことを思い知らされたのです。自分の罪を自分だけが罰せられるならまだしも、子孫にまで剣の呪いが残されたのです。それは列王記を読めば納得するでしょう。罪の重さは後にならなければわからないのですが、裁きを受けて現実を知ると追いきれないものだと思い知るのです。私たちも例外ではありません。しかし、希望もあります。「その主があなたの罪を取り除かれる」(13節)とあるからです。イエス・キリストの十字架の贖いがどんなに尊いものであるか、「あなたは死の罰を免れる」のです。もう一つ重要なことは、「我らに罪ある者を我らが赦すごとく、我らの罪もお赦しください」という主の祈りです。悔い改めて、イエス様に罪の赦しを願うことと、私たちに罪を犯す者を赦すことで、私たちも罪赦されていることを知るのです。人の罪を赦す時も、聖霊が助けてくださいますから心配いりません。

 

12月18日(水)

アブサロムはアムノンに対して、いいとも悪いとも一切語らなかった。妹タマルを辱められ、アブサロムはアムノンを憎悪した。

サムエル下13:22

 

ダビデがウリヤの妻と姦淫の罪を犯してから、ダビデ家には悪いことが起こり始めます。こともあろうにダビでの長男アムノンが腹違いの妹タマルを辱めたのです。タマルには同じ母の兄アブサロムがいました。兄は、アムノンに憎悪を向けますが、すぐにことをあらだてることはしませんでした。実は、この22節の後に、七十人訳聖書では、次のように続きがあります。「しかし、彼(ダビデ)はその子アムノンの心を痛めなかった(罰しなかったの意)。アムノンは長子だったので彼(ダビデ)は彼(アムノン)を愛したからである」。これでは、傷ついたタマルは浮かばれません。そして、悲嘆に暮れるタマルを見るアブサロムの心はアムノンに対する憎悪と同時に父ダビデがアムノンに何もしないことへの怒りが湧いてきたのです。ここでは、父と子の問題が発生しています。そして、兄弟の間での危険な問題も発生しています。さらにタマルの問題も暗い影を残しました。勇猛果敢なダビデ王にとって、隣国の敵よりも、もっと恐ろしい事が家族の中から始まっていたのです。それも、ダビデの父親としての正しい行動ができなかった事に由来しています。人間にとって一番難しく、しかも絶対逃げずに問題解決をやり遂げなければならない事が、家族の問題です。ここでは、父は息子が過ちを犯した時に叱る事が重要だったのです。しかし、ダビデにとって長男は特別な存在だったのです。アムノンを甘やかしてしまったために、罰することをしなかったので、結果、三男のアブサロムにアムノンは殺されてしまったのです。そして、アブサロムは母の祖父の元へ逃げたのです。こうして三男もダビデの元から失う事になりました。正義を無視した愛は、多くのものを失うのです。

 

12月19日(木)

アブサロムはヨアブに言った。「わたしはお前に来てもらおうと使いをやった。お前を王のもとに送って、『何のためにわたしはゲシュルから帰って来たのでしょうか、これではゲシュルにいた方がよかったのです』と伝えてもらいたかったのだ。王に会いたい。わたしに罪あるなら、死刑にするがよい。」

サムエル下14:32

 

ヨアブは軍の長としては天才的でダビデを戦争で勝利へと導いた功労者でしたが、戦いの能力は高くても、平和な時に役立つ者ではなかったのです。そのために、ヨアブは余計なことしたのです。それは、ダビデに取り入るために逃亡中のアブサロムを迎えに行く策略を考えたのです。それは、ヨアブの思惑通りに行きませんでした。連れ帰ったアブサロムにダビデは会おうとしなかったのです。これでは、アブサロムは王の勘気が解けていないと感じ、もともとはアムノンを罰しなかった王が悪いと怒りを溜め込んでしまったのです。それで、一番辛いのは父に無視されることなので、たとえ死刑になってもかまわないので父に会いたいと思うようになりました。自分を連れ戻ったヨアブにそのことを話そうとしましたが、ヨアブは自分の思惑と違って、アブサロムに会おうとしないことから、アブサロムから距離を置く事にしたのです。しかし、気性の激しいアブサロムがヨアブの畑に火をつけるという非常手段を使ったので、王に会うことがかないました。しかし、父ダビデの気持ちをアブサロムは理解できなかったようです。そこで、アブサロムは父ダビデへの憎しみを募らせる事になりました。聖書には、「父親たち、子供を怒らせてはなりません。主がしつけ諭されるように、育てなさい」(エフェソ6:4)と書かれています。これは、ダビデがうまくできなかった事です。その事で子供はどのようなことをするのか実例が次に出て来ます。人との関わりで重要なことは、いつでも「愛する」ことです。しかも、「互いに愛しあいなさい」とキリストが新しい掟を定めたのです。愛が一方通行にならないようにすることです。ダビデは、個人ではアブサロムを愛していましたが、公人では兄弟殺しをしたアブサロムは死刑としなければならいでしょう。だから、逃亡してくれた方がよかったのです。しかし、戻って来たのです。王がどうするか皆が見ているのです。そこで、会わないと決めたのですが、そうも行かなかったのです。アブサロムは父は冷たいと思ったし、自分をアムノンのようには愛していないと思ってしまいました。むしろ、自分は父に嫌われているのだと思ったのです。愛して欲しいのに、愛されずに憎まれていると思った時に、心では怒りに火がつくのです。父と子の難しい問題です。

 

12月20日(金)

ダビデは、自分と共にエルサレムにいる家臣全員に言った。「直ちに逃れよう。アブサロムを避けられなくなってはいけない。我々が急がなければ、アブサロムがすぐに我々に追いつき、危害を与え、この都を剣にかけるだろう。」

サムエル下15:14

 

ついにアブサロムが謀反を起こします。周到に準備して来た上で、アブサロムがヘブロンで王となったと言わせます。厄介な事に、アヒトフェルがアブサロムの側につきました。この人は、バト・シェバの祖父にあたる人で、ウリヤと共にダビデの三十人と言われる勇士でした。当然、バト・シェバ事件によってダビデを深く恨んでいたのです。ダビデは、クーデターが起こったことを知ると、すぐに宮殿を離れて逃げる事にしました。アブサロムと闘いたくなかったからです。しかし、いざ、都落ちをする時には、「その地全体が大声をあげて泣く中を兵士全員が通って行った」のです。この時に、ダビデの側についたものたちが聖書に書かれています。家臣に続き、クレタ人全員とペレティ人全員が、彼らはダビデの護衛兵であり、外国人の傭兵でした。さらに続いて、六百人のガト人がいました。ガト人イタイは亡命者でしたが、「生きるも死ぬも、主君、王のおいでになるところが僕のいるところです」と忠誠を表しました。日本流に言えば、一宿一飯の恩義に報いるというのでしょう。ダビデには、命がけで従う者たちが多くいたのです。ダビデは、エルサレムを去る時に、何もしなかったわけではありません。短時間に最も信頼できる者たちを都に残し、敵のスパイとします。これも、機転がきくダビデならではの決断でした。アブサロムがアヒトフェルを参謀にしたことを知って、ダビデは、親友のフシャイを言い含めて敵の懐へ送り込みます。フシャイにアヒトフェルの策を無効にするように命じたのです。こうなるとフシャイも命がけの大事な任務を負う事になりました。人はいざとなった時に、本心が出ます。人が落ち目になった時にこそ、真の友は離れないのです。今回は、父を恨む息子の叛乱です。父は、戦わずに城を明け渡し、逃げるのですが、決して負けを認めたのではありません。それは、逃げる時に、「王宮を守らせるために十人の側女を残した」事で明らかです。これは、体面上王の側室を残す事で、王宮を捨てたのではなく守っていることを表明しているのです。それにしても、イタイは武士の中の武士と言いたくなる、心が熱くなる勇士でした。

 

12月21日(土)

そのころ、アヒトフェルの提案は、神託のように受け取られていた。ダビデにとっても、アブサロムによっても、アヒトフェルの提案はそのようなものであった。

サムエル下16:23

 

ダビデが都落ちして、周りの人々の対応が明暗を分けます。16章では、初めにツィバがロバにたくさんの食糧や飲み物を積んで現れます。彼の行為は、ダビデに恩をうっておけば、必ずダビデは王に復帰するはずだから、その時に有利となるようにとの思惑が見えます。実際、ダビデはメフィボシェトのことを尋ねますが、ツィバは悪い報告をします。そして、ダビデからメフィボシェトの財産を全てツィバのものにしてよいとの言質を取り付けます。この問題は、後に賢明なダビデの裁定を受ける事になります。次にサウル家のシムイが登場します。彼は、逃避行を続けるダビデ一行を追って来ます。そして、ダビデや家来に石を投げながら罵声を浴びせます。自分は安全な山腹を進み、下の道を通るダビデたちを呪い続けますが、ダビデは放っておくように命じます。ダビデの考えが述べられますが、これがダビデの信仰の考え方です。「主がわたしの苦しみを御覧になり、今日の彼の呪いに代えて幸いを返してくださるかもしれない」(12節)。だから、ひどいことを言われても放っておけ、と言うのです。最後にアヒトフェルとフシャイの戦いが始まります。フシャイはダビデを助けるために、アブサロムに取り入ります。そして、今までの実績からアブサロムの作戦参謀の一人になって、アヒトフェルの助言をことごとく潰していく役を演じる事になります。しかし、アヒトフェルの提案は信託のように受け取られていました。この神がかった提案が続けば、ダビデは苦戦し、最悪、命をも奪われたかもしれません。それだけに、フシャイの肩にダビデの命運がかかっていたのです。

 

12月22日(日)

アヒトフェルは自分の提案が実行されなかったことを知ると、ろばに鞍を置き、立って家に帰ろうと自分の町に向かった。彼は家の中を整え、首をつって死に、祖先の墓に葬られた。

サムエル下17:23

 

アヒトフェルはわかっていました。ダビデを討つには、今すぐに手勢を集めて追撃し、疲れ意気消沈している今が絶好のチャンスだと。この好機を逃せば、もう勝ち目はないことを知っていたのです。アブサロムはアヒトフェルの提案に対して慎重になりました。そして、もう一人の参謀であるフシャイを呼びます。彼はここでなんとしてもダビデを守らなければなりません。アヒトフェルの策を実行していれば、ダビデはおそらく死んでいたでしょう。しかし、フシャイはアブサロムが望む策を提案します。それは、全国から兵を集めて圧倒的な数で押し、アブサロム自らが大将になり、ダビデを討つという作戦です。フシャイの言う通り、ダビデもその部下も歴戦のつわ者です。これらの勇士に勝てるかどうか不安があるのです。それに、アヒトフェルがダビデ王を討ち果たしたら、アヒトフェルが王になるのではないかと言う一抹の不安もあります。そこで、アブサロムはフシャイの提案を受け入れます。その時、アヒトフェルはこれで、ダビデに負けると悟ります。自分の策以外にダビデに勝つことは万に一つもないのです。彼は、主君に敵したことを理解していますから、今や死を選ぶしか道がありませんでした。日本人なら切腹したでしょうが、アヒトフェルは決着がつく前に、自分の家の整理をして、自死します。一方、ダビデには戦のための兵糧をわざわざ運んでくれる友がいました。兵隊たちにまで食料を配るとなれば、大きな財力がなければできません。そのような有力者がダビデの友として、この非常時に助けに来たのです。普通、都落ちした落ち目の人には目もくれず、見捨てるものですが、そうした損得勘定抜きの心の友がダビデにはいたのです。このように、主はダビデを具体的に助けたのです。私たちも主が守ってくださり、必要な助けを送ってくださいます。ですから泰然自若とばかり、慌てることなく、あるがままを受け入れていればいいのです。働くのはあなたではなく、主です。主の御心だけがなります。主を信頼して平安を求めていればいいのです。見えないところでなされる策略も、神が打ち破られるのです。

 

12月24日(火)

ギレアド人バルジライはヨルダン川で王を見送るためにロゲリムから下り、王と共にヨルダン川まで来ていた。バルジライは高齢で八十歳になっていた。彼は大層裕福で、マハナイム滞在中の王の生活を支えていた。

サムエル下19:32、33

 

ダビデの勝利で終わった内戦は、それぞれの人々に思わぬ結果を招きました。ダビデは、自分の息子の戦死に我を忘れて泣き伏し、それがダビデのために戦った戦士たちを暗くしたのです。ヨアブの諫言でダビデは、公人としての王に戻ったのです。しかし、一旦はアブサロムがエルサレムに無血入城を果たし、王となったために、ダビデが帰るには大義が必要となります。そこで、ダビデはユダの人々に働きかけ心を動かしたました。そこで、ユダの人々がダビデに帰って来て欲しいと使者を遣わしたのです。ようやく帰還できる事になり、ヨルダン川に来ると、それを助けようとツィバが息子や召使を従えてやって来て、ダビデやその家族を助けて何回も川を渡ります。都落ちする時に石を投げて罵ったシムイも千人を従えてやって来ます。そして、詫びを入れます。ダビデが死刑にすると言えば、この千人で戦ったかもしれません。しかし、ダビデは彼を赦したのです。ヨナタンの息子のメフィボシェトもやって来ました。ヒゲも剃らずにもに服したかのような姿でダビデに謁見し、ダビデが逃げる時に一緒に行かなかったのは、ツィバに裏切られたためだと弁明します。ダビデは、この関係を見て、二人で地所を分け合うように命じます。さて、最も素晴らしい人が最後に出て来ます。その名は、バルジライです。裕福な彼は、都落ちしたダビデ一行をマハナイムで面倒見ました。歳は八十歳ですから、戦国時代に長生きをした人です。その彼が、ダビデをヨルダン川まで見送ります。ダビデは、お礼に宮殿へと招きますが、彼はそれをさらりとかわし、無償の友情であることを示唆します。そして、さらに自分に変わって、若者キムハムをダビデの従者として差し出します。どこまでも、ダビデを心配し、ダビデを助けようと気遣っていることがわかります。人を助けると言うのはこうゆうことを言うのでしょう。聖書の中で一番かっこいい男と言えるでしょう。さて、ダビデが帰還するとなると、イスラエルはどうするのかという問題が生じますが、ユダに遅れをとった彼らも、ダビデを王として迎えようとします。そこで、ユダとイスラエルの人々の間で小競り合いがあったようです。こうして、あれだけの危機が嘘のように、終息して、ダビデは王に復帰しました。人生はバルジライのようにカッコよく生きたいものです。しかし、実際には、それほどカッコよくはできないでしょう。ただ、自分に正直に、できることをすればいいのです。

 

12月25日(水)

女はヨアブに言った。「その男の首を城壁の上からあなたのもとへ投げ落とします。」女は知恵を用いてすべての民のもとに行き、ビクリの子シェバの首を切り落とさせ、ヨアブにむけてそれを落とした。

サムエル下20:21、22

 

どさくさに紛れて、イスラエルの王になろうとしたならず者がいました。名は、シェバといいます。彼の企ては初めイスラエルの中でうまくいったように見えました。しかし、ダビデの精鋭によって簡単にシェバは追い詰められます。籠城した所がアベルでした。日本流に言えば城攻めです。秀吉がしたような作戦で攻略しようとします。すると、アベルから知恵のある女がヨアブと直接交渉をしました。そして、その女はクーデターを企てたシェバの首を差し出したのです。これで、あっけなくこの戦いは終わってしまいます。とても大きな教訓がここにはあります。結局、ダビデがなんとかヨアブを軍隊のトップから退けようとしても、うまくいかなかったことでヨアブはダビデに勝利を与え、新閣僚の中に名前を残す事になります(23節参照)。そして、それ以上に大切なことは、知恵は軍隊以上の力を持っていると言うことです。アベルの町は、クーデターを起こしたシェバが立て籠る事になり、滅亡の危機に瀕したのです。それを回避したのは、勇気のある男性の武力ではなく、名も無い女の知恵でした。私たちの人生には、何が待ち受けているかわかりません。それゆえに不安が絶えずあるものです。しかし、落ち込んでいては生きて行けませんから、考えないようにして目の前のことに集中して生きているのです。それでも、実際に困難が突然訪れることがあるのです。自分には何の落ち度もないのにです。その時に、人は二つに分かれるのです。一つは、不安に負けて何もせずに大きなダメージを受けてしまうのです。もう一つは、落ち着いて、神に祈り、知恵をいただくことです。冷静に考えてみれば、問題はシェバ一人のことでした。ダビデ軍の最高司令官であるヨアブと交渉して、シェバの首を差し出せば、アベルには被害を与えないことを確約させます。それがうまくけば、あとは敵はただ一人ですから、それほど難しくはありません。この女の知恵は、この女に勇気を与え、恐れなかったために、問題点をすぐに見抜き、その解決のための方策を導き出す事に集中できたのです。この教訓を覚えていれば、あなたの人生はうまくいくはずです。

 

12月26日(木)

ダビデの世に、三年続いて飢饉が襲った。ダビデは主に託宣を求めた。主は言われた。「ギブオン人を殺害し、血を流したサウルとその家に責任がある」

サムエル下21:1

 

21章はいろいろと考えさせられる章です。3年続いた飢饉が実は、サウル王が国民の人気取りのために、ギブオン人を討とうとしたことに原因があると、主の託宣で分かったのです。ギブオン人の経緯はヨシュア紀9章に書かれています。彼らはヨシュアたちを騙したのですが、イスラエルの指導者たちはギブオン人と主の御前に契約を結んでしまったので彼らを殺すことができなくなりました。それなのに、サウルがギブオン人を殺してイスラエルの地から追い出そうとしたので、それがイスラエルの神、主の名にかけて誓ったことを破った事になったための飢饉だったのです。それで、サウルの血筋の者から7名を選び、ギブオン人の手によって処刑されました。ここで、その犠牲となったのがアヤの娘リツパの息子二人と、ミカルとバルジライの間に生まれた五人の息子たちでした。ミカルは既にダビデの妻とするためにバルジライから無理やり離縁させられていたこともあって、彼らの子供が犠牲となりました。ミカルとダビデの間にも溝ができて、結局サウルのちを引く子供は生まれませんでした。ここで注目すべきは、リツパです。今回の事件は、元はと言えば、サウルが引き起こしたことの精算です。そこで、ギブオン人に取っては約束を違えたことへの復讐の要素がありますから、処刑した死体をさらし者にしたのです。風葬のようなものです。墓に葬らずに、朽ちるまでさらし者にするのです。すると、死者を狙って鳥や獣がやって来ます。普通は、そのまま死体をも辱めるわけですが、リツパは、鳥や獣から遺体を守ったことが記されています。これは、とてもすごいことです。リツパという女性がどのような人物であったかを示すエピソードです。このことがあって、ダビデ王の耳にもそのことが知らされ、ダビデはサウル王とヨナタン王子の遺骨を回収し、それに今回犠牲となった七人の遺骨と合わせて、サウルの父キシュの墓に葬りました。遺骨にこだわる日本人にとっては、この出来事は深い意味を感じるでしょう。さらに、サウル王朝がこれで完全に終わりを告げ、代わってダビデ王朝が確立したのです。そして、ダビデも歳を取り、戦に出ることができなくなったことがわかります。この頃まで、巨人族はまだいたのですが、それらも征伐されて行ったことが記されています。主イエスがお語りになったように、安易に主にかけて誓ってはいけないことを改めて思いました。自分はともかく、子孫の時代に考えのない者が現れて、破ってしまうかもしれません。それに対する主の正義は、恐ろしいものです。ですから、いつでも主を見ているのか、それとも人を見ているのか、自戒しなければなりません。人に恨まれるようなことは決してしては行けないのです。

 

12月27日(金)

主よ、あなたはわたしのともし火

主はわたしの闇を照らしてくださる。

サムエル下22:29

 

ダビデの感謝の歌は、素晴らしい讃美です。私たちには、罪と死と悪魔という敵がいますが、それらに勝利する唯一の方法が主イエス・キリストです。私たちは、幸い主の召命を受けて応えることができました。恵としか言いようがありませんが、私たちはまだまだその恵みの意味を十分に理解しているとは言えないでしょう。それでも、戦いは終わることなく続き、時には闇に閉ざされてしまうことだってあるでしょう。そのような時にも、私たちは主の名を呼ぶことができます。そして、祈りの中で暗い闇にともし火が灯っていることを発見するのです。主は、光を持って現れ、私たちを覆うどのような深い闇でもたちまち、吹き払い、光を満たしてくださるのです。だから、くよくよする必要はありません。目の前に困難が立ちはだかっていても、恐ることはありません。主がダビデを勝利させてくださったように、あなたをも主の御手で勝利させてくださいます。闇の中からささやく悪魔の声も主の光に打ちのめされて、消えていくだけです。主の助けは完全です。主はあなたのためになることをすでに考え、備え、最善を尽くしてくださいます。それは、主があなたを愛しておられるからです。だから、心配は捨ててしまいましょう。主によって、わたしは強いと宣言しましょう。いくつもの困難を蹴散らして進みましょう。万軍の主が味方なのですから。あなたの心には聖霊が住んでおられ、その聖霊こそがあなたのともし火なのです。感謝しましょう。

 

12月28日(土)

主の霊はわたしのうちに語り、主の言葉はわたしの舌の上にある。イスラエルの神は語り、イスラエルの岩はわたしに告げられる。

サムエル下23:2、3

 

ダビデはその波乱万丈の人生を主と共に歩みました。他のどの国の王とも違って、生ける神を知っていました。その神は霊を持ってうちに語り、預言者のようにダビデの舌の上に主の言葉がありました。サムエル紀や詩篇を読んだ方ならそれがわかるでしょう。身分の低い家の出身でしたが、イスラエルで最高位の王になりました。それは主のなさったことです。ダビデは、勇士であり有能な政治家でもありましたが、主に愛される者でした。ダビデは、それだけ主を知り愛していたのです。クリスチャンのあなたも同じように主に愛されたので、神の子にされました。あなたには魅力があります。主に御目にそれが映っているのです。あなたはダビデのように人間的で失敗もするでしょうが、主を畏れ、主に仕え、主を愛しています。だから、主はあなたに語ります。まだ、聞いたことが無いと思っていますか。それは、あなたが聞き方を知らないからです。主は、あなたのうちに聖霊によって語ります。あなたは、主の御用をつとめるので主の言葉を語ることになるでしょう。主に近づきなさい。主のあなたに近づきます。主はきっとあなたに語ります。

 

12月29日(日)

王はアラウナに言った。「いや、わたしは代価を支払って、あなたから買い取らなければならない。無償で得た焼き尽くす献げ物をわたしの神、主にささげることはできない。」ダビデは麦打ち場と牛を銀五十シェケルで買い取り、そこに主のための祭壇を築き、・・

サムエル下24:24、25

 

サムエル記下の最後はハッピーエンドであると思っていたのに、実際には、何で?というような理解し難い終わり方をしています。晩年のダビデ最大の試練です。ダビデは、イスラエルとユダの人口調査をすると言い出します。人口調査は、主の試みとなりました。ダビデは、戦争の心配が無くなってくると、いったい何人いる国の王様になったのか知りたくなりました。それは、戦争に出ることのできる男たちの数を知ることでもありました。しかし、これらのどこに問題があったのでしょう。すぐわかることは、戦争は、いつでも主が戦ってくださるので、勝利を得ることができたは兵隊の数の多さではなく、主の御力によるものであることを忘れていることです。主の手柄をダビデは自分の手柄としたのです。現代でも国民の数が出てくるのは、どの国が大国かとか軍隊の大きさ強さのランキングで出てきます。これらかは人間の力を誇示していますが、それは神様の御力と競っているように見えるのです。あれほど神様に助けられて勝利してきたダビデが最後に、自分の力を確かめる誘惑に負けたとしたら人間の罪深さにはキリがありません。ダビデは、すぐにことの重大さに気がつきますが、時すでに遅しです。代金を支払って、自分の罪の贖いに犠牲の動物も必要な物一切を買いました。さて、不思議なことに、後にこの場所にソロモンが神殿を建てたのです。

 

12月30日(月)

王は誓った。「わたしの命をあらゆる苦しみから救ってくださった主は生きておられる。あなたの子ソロモンがわたしの跡を継いで王となり、わたしに代わって王座につく、とイスラエルの神、主にかけてあなたに立てた誓いをわたしは今日実行する。」

列王記上1:29、30

 

人は誰でも歳をとります。ダビデも例外ではありません。ダビデの場合は王でありましたから、誰が跡を継ぐかという大きな問題がありました。本来なら長男のアムノンが王位継承権第一位のはずですが、タマル事件を起こして、タマルの実兄であるアブサロムに殺されてしまいました。三男のアブサロムも、その事件の後、クーデターを起こして戦死しました。次男キルアブは母がナバルの妻アビガイルです。賢い母は命の危険を伴うお世継ぎ問題から息子を遠ざけたと思われます。四男アドニアはそこで自分こそが世継ぎとなって、王となろうと野心を表しました。彼は父に一度も叱られたことがないのです。ダビデの子育ては父親として問題があったようです。さて、ダビデがユダで王となった時代の子供のリストがサムエル記下3章2節以下に出てきます。ここには、ソロモンの名がありません。その名は、ダビデが統一王国イスラエルの王となったエルサレム時代に生まれた子供のリストに出てきます(同5:14以下参照)。どうみても、ソロモンは王位継承権の10番目ぐらいですから、本来なら王になれない人です。しかも、ソロモンはバト・シェバの子供なのです。ダビデの何人もいた妻や側室の中で一番ダビデが愛したのはおそらくバト・シェバであったと思われます。そのようなことが関係していたのかもしれませんが列王記上1章の王位継承物語は、劇的にソロモンが王になった経緯を記録しています。さて、この中でソロモンを王とするために従った新閣僚の名簿が38節以下に出ています。祭司ツァドク、預言者ナタン、ヨヤダの子ベナヤはクレタ人とペレティ人(新興近衛兵団)彼らが、エルサレム遷都後の新興勢力です。アドニアに従った祭司アビアタルやヨアブは旧派と言うことです。偉大なダビデ王の後継者は、最高の人物が選ばれました。年老いて、死期が近づいてきたダビデが最後の力を振り絞って、最も重要な王位継承指名をしたのはさすがです。その行動の速さは王国の危機を救いました。今日のダビデの冒頭の言葉は、ダビデが生涯をかけて得た信仰の告白です。そして、それは、私たちにとっても同じです。「わたしの命をあらゆる苦しみから救ってくださった主は生きておられる。」

 

12月31日(火)

ソロモンは母に答えた。「どうしてアドニヤのためにシュネムの女アビシャグを願うのですか。彼はわたしの兄なのですから、彼のために王位も願ってはいかがですか。祭司アビアタルのためにも、ツェルヤの子ヨアブのためにもそうなさったらいかがですか。」

列王記上2:22

 

2章は、ダビデの死とその遺言、そしてソロモンの遺言の実行によって、ソロモンの王位を狙う者たちを一掃して、ソロモンが王国を完全に掌握したことを記しています。さて、ソロモンは、知恵あるものですからソロモンの命を狙う者たちを一掃する機会を狙っていました。そこに、愚かなアドニヤがソロモンの母にダビデ王の最後の側室であったアビシャグを妻にしたいので、ソロモンに願って欲しいと言ってきます。母は、それを安易に引き受けます。自分よりも若い女がダビデの最後の側室であったことを快く思っていなかったかもしれません。そして、軽率にもソロモン王にこの件を願いに行ったのです。それがどんなに愚かな行為であったかは、すぐに知ることになります。前王の側室を自分のものとするというのは、自分が前王に代わって王位を継ぐことの象徴的行為なのです。つまり、いまだアドニヤは王位に欲があり、野心を抑えることができなかった可能性があります。それなのに、自分の息子であるソロモン王にアドニヤのために願い出た母のうかつさは、ソロモン王の今日の言葉で理解できたでしょう。また、それはソロモン王がアドニヤとそれを支持した旧派の祭司アビアタル、ヨアブをも危険分子として粛清しようと機会をうかがっていたソロモンにとっては、絶好の機会になったのです。これで人事を一新し、盤石の体制を築けたということです。さて、遺言を残すことにも知恵が必要で、後継者の行末を考慮しておく必要があることをダビデに見ることができました。ソロモン体制を危険にさらす者は誰か、その者たちを粛清しなければならないと指示し、その者を合法的に排除する正当な理由を残しました。そして、あとはソロモンの知恵に任せたのです。この賢明な父に対し、母はソロモンが王に就任したことで安心してしまったようです。兄のアドニヤの要求ぐらいは聞いてやったほうが大人しくしてくれるとでも思ったかもしれません。アドニヤが王になることを支持した古い祭司のアビアタルと軍の長であるヨアブが、今どのような状況にあるか母は理解できなかったのでしょうか。彼らがソロモン王にとって如何に危険であるか理解できたら、ソロモン王には全く違ったことを伝えたでしょう。つまり、アドにやに謀反の意思あり、と。私たちも子供たちには賢明でありたいと思います。よく考えないで話してしまったことで子供を困らせたり、怒らせてしまうことがあるのです。主に知恵を求めて、いつでも子供たちにとって賢明な親でありたいですね。