ディボーション

6月13日(土)

御言葉を行う人になりなさい。自分を欺いて、聞くだけで終わる者になってはいけません。御言葉を聞くだけで行わない者がいれば、その人は生まれつきの顔を鏡に映して眺める人に似ています。鏡に映った自分の姿を眺めても、立ち去ると、それがどのようであったか、すぐに忘れてしまいます。

ヤコブ1:22~24

 

今日の箇所は耳がいたい所です。聖書は神の御言葉であると信じている人は多くいます。その人たちは、神の御言葉を聖書一冊分持っていることになります。そうなると、膨大な数の御言葉を所有しているのです。厄介なのは、それらが読んで分かるものとそうでないものもあるということです。クリスチャンになってから長い期間が経った方は、初心者であった頃に比べると随分御言葉が分かるようになったと実感があると思います。さて、クリスチャン全員の課題が今日の箇所です。「御言葉を行う人になりなさい」。これは、誰が聞いても当たり前に聞こえます。それなのに、自分の胸に手を当てて振り返ってみれば、どうでしょう。「御言葉を行う人に」なっているでしょうか。ヤコブは面白い例えで説明しています。「御言葉を聞くだけで行わない者がいれば、その人は生まれつきの顔を鏡に映して眺める人に似ています」と言い出します。それは、鏡の前を離れると自分の顔がどのようであったか、すぐに忘れてしまうからだと言います。確かに、御言葉を読んでもすぐに忘れてしまうと言われると困ってしまいます。そもそも、聖書に今日の御言葉が書いてあるのですから、言い逃れできません。御言葉を行う者になりたいと思います。

 

6月12日(金)

知恵ある者と共に歩けば知恵を得

愚か者と交われば災いに遭う。

箴言13:20

 

私がT神学大学に通っていた時に、どの授業もこれほど面白く楽しいことはないと思っていました。勉強のために夜遅くなっても苦ではありませんでした。授業で聴くことは今まで聞いたこともない興味深い教えで、どの先生も素晴らしく、どの科目も興味が尽きないワクワクするものでした。日本を代表する聖書学者や神学者が直接教えてくださるのですから、知恵ある者と共に歩けば知恵を得るというのは本当でした。ただ、大学教授だけが知恵ある人ということはありません。クリスチャンの中にまさに信仰に生きている人たちは、聖書をよく学んでいるので、自然と知恵ある人になります。それは、生活を見ればわかります。しかし、愚か者は避けなければなりません。見た目ではわかりません。立派なことを言っているかもしれません。大言壮語という言葉通りの人も要注意です。信仰がわかっているつもりで、何もわからない人が大声をあげていれば、危険なサインです。教会を荒らす人がいるのですが、そういう人も自分は正しいと思っているのです。だから、自分の言動で教会が荒れてしまっていることにも気が付きません。それどころか、気分次第で教会に来なくなります。そして、教会員に悪い影響を残すのです。悪魔はこのような人を見逃さないのです。そして、教会に送り込んできます。知恵のない人は、「愚か者と交われば災いに遭う」という御言葉があるのに、その通りになります。クリスチャンは誠実に生きようとは思っていても、愚か者を見分けることができないと、自分も不誠実な結果になるので、見分けることが必要です。そのためにも知恵が必要なのです。