ディボーション

7月16日(月)

こうして、マムレの前のマクペラにあるエフロンの畑は、土地とそこの洞穴と、その周囲の境界内に生えている気を含め、町の門の広場に来ていたすべてのヘトの人々の立ち会いのもとに、アブラハムの所有となった。

創世記23:17、18

 

サラが亡くなった。127年の生涯であったから、現代から考えれば十分長生きをしたわけだ。しかし、夫のアブラハムは妻の死に嘆き悲しみ、辛い別れを経験した。残念なことに、どんなに仲の良い夫婦であっても、どちらかが先に亡くなる。長く生涯を共にして来た人生のパートナーの死は、自分の半分を失ったような喪失感があるものだ。神がアダムの助け手としてエバをアダムの一部から取って造ったことの意味が実感できるだろう。さて、その妻が亡くなって困ったのは、墓がないことだった。どこかに埋葬すればいいというわけにはいかなかった。アブラハムは寄留者だったのだ。つまり自分の土地を持っていなかったのだ。財産も増え、カナン地方の人々にも認められ、何よりも神の土地を与えるという約束が、未だ実現していなかったのだ。それが、妻の死により、墓を求めてヘト人から土地を法的に正式に購入することとなった。妻は失ったが、そのことでアブラハムは自分の土地を所有できたのだ。そこは、「ヘブロン」であった。この地名を聞くと、ダビデがユダの王になった場所であることを思い出す。このダビデがイスラエルの歴史上最も偉大な王であり、未だユダヤ人の心に生きる特別な王なのだ。そのダビデの末裔としてイエスがお生まれになった。サラが不妊であったのに神の約束でイサクが生まれたことが、後にイエスが生まれることの予型となっている。神の約束によって超自然的に生まれてくる約束の子、というわけだ。聖書の面白さがわかるだろう。(サクマ)

 

7月15日(日)

アブラハムはその場所をヤーウェ・イルエ(主は備えてくださる)と名付けた。そこで、人々は今日でも、主の山に、備えあり(イエラエ)と言っている。

創世記22:14

 

後世の人は、この舞台となったモリヤの山を後のエルサレムであり、神殿の場所であったとしています。信仰者にとっては、とても感慨深いものがあります。クリスチャンは、犠牲となった雄羊を私たちの身代わりに犠牲となって十字架にかかられた神の独り子イエス・キリストを象徴していると考えます。それだけでも瞑想課題になります。ところで、クリスチャンたちは、色々な人生の困難に直面する時も、「主の山に備えあり」とこの言葉を唱えては、困難を乗り越えてきました。ギリギリまで試みられるとしても、最後には「主の山に備えあり」だ、との信仰を受け継いで来ているのです。キリストの贖いの十字架を受けるに値するほどの信仰は、一朝一夕には生まれないかもしれませんが、後ろを振り返ってみれば、確かにモリヤの山を登って来たのです。そうやって、信仰によって生きていけば、ヤーウェ・イルエ「主の山に備えあり」だったと主の恵みを知ることができるのです。また、自分の罪を悔い改める時、なぜ神は赦されるのだろう、と思う日が来ます。それは、主イエスが十字架にかかって自分の身代わりに罪の罰を受けてくださったからなのです。だから、赦されているのだと心から知る日が必ず来ます。その時、「主の山に備えあり」と心から感謝があふれて唱えているでしょう。(佐久間)