ディボーション

9月20日(木)

このやり方ではあなたの荷が重すぎて、一人では負いきれないだからだ。

出エジプト18:18

 

世界一ひとつの教会で信徒数が多い韓国のヨイド純福音教会の牧師は、はじめ誤解していました。それは、自分が洗礼を授けないければ祝福されないと本当に思っていたのです。ところが、信徒数が多すぎて過労が重なり、それでも多数の人がいっぺんに洗礼を受ける日に倒れてしまいました。入院先で医師はもう牧師の働きはできないと宣告したそうです。神様は、牧師だけを通して働くわけでもないし、信徒の有能な人を用いるべきだったのです。それを教えるために、牧師は何年も病気が癒さなかったのです。その間に教会員が動員され、後に世界に広がる、区域礼拝、つまり小グループ伝道が始まったのです。今日のモーセの話は、モーセ一人が民の様々な問題を裁いているという不健全な方法を、しゅうとのエトロが問題を指摘して、良い方法を教えるという話です。確かに、問題が起こった時には、誰かに相談することは必要です。一人で抱え込むことは賢明ではありません。ただ、問題解決には能力が要求されますから、モーセのように、千人隊長、百人隊長、五十人隊長、十人隊長、と分けて問題の大きさに応じて解決処理できるように仕組みを作ることは正しい方法なのです。面白いことに、一番多い事件は十人隊長が処理できるものです。当然のことながら、十人隊長の数が一番多くなります。これは、人間の問題は、弁護士や裁判官にすぐ頼らなければならい問題は少ないということです。身近な人で信頼できる人にまず相談してみることです。その人が解決できなければ、解決できそうな人を紹介してもらえる可能性は大です。さて、あなたはどんなタイプの人ですか。全部、自分でしなければ気が済まないタイプですか。有能であることは良いことですが、何から何まで自分の力でやっていれば疲れ果てて倒れてしまいます。ですから、他の人に助けてもらうことを覚えるとよいのです。神様はあなたの能力以上のことを要求されたりしません。あなたが考えるべきは、自分を忙しくさせることではなく、楽しいことを考えるべきです。人生は、楽しく考えて生きて行くことができるのです。大変なことでもやり遂げれば満足感があり、そんな自分を褒めてあげることも楽しいことです。聖書は、色々役に立つ知識も授けてくれるのです。(さくま)

 

9月19日(水)

モーセの手が重くなったので、アロンとフルは石を持って来てモーセの下に置いた。モーセはその上に座り、アロンとフルはモーセの両側に立って、彼の手を支えた。その手は、日の沈むまで、しっかりとあげられていた。

出エジプト17:12

 

アマレクはサタンの象徴として読むことができます。神の民を苦しめ弱いものから襲って脱落させる存在です。だから、神様は決してアマレクを、そしてサタンを赦さないのです。ここで、興味深いことは、モーセが丘の頂に登り、高いところから戦いを見ながら、モーセは手を上げたのです。するとイスラエル軍が優勢になりました。しかし、モーセが手をあげているのに疲れて手が下がると、今度はアマレクが優勢になるのです。そこで、一緒にいたアロンとフルが石の上にモーセを座らせ、その両横にアロンとフルが立って、モーセの手を支えることにしたのです。そのことがあって日の沈むまでモーセは手をあげ続けることができました。そして、アマレクにイスラエルは勝利することができました。このことから、教会とサタンの戦いも同じような原理にあることに気がついた人たちが出て来ました。モーセの役を牧師が、アロンとフルの役は牧師を支える信徒で、その信徒も祈りで支える祈り手のことです。これは、明らかに霊的な戦いです。霊的なことゆえに祈りと信仰の戦いになります。牧師一人ではやはり限界があるので、信徒もそれぞれの役割を果たすことになるのです。全ての信徒が悪魔との戦いに勝利することができるように祈り続ける必要があるのです。(さくま)