ディボーション

6月10日(土)

与えなさい。そうすれば、あなたがたも与えられる。押し入れ、揺り入れ、あふれるほどに量りをよくして、ふところに入れてもらえる。あなたがたは自分の量る秤で量り返されるからである。

ルカ6:38

 

この聖句の前は、「人を裁くな。そうすればあなたがたも裁かれない」で始まり、人を罪人だと決めるな、そうすれば罪人だと決められない。赦しなさい、そうすれば赦される。とあって、「量る秤」の意味が明確になるように説明されているのです。この教えは非常に重要な教えです。なぜなら、イエス様が直接教えたからです。まるで、自然科学の法則を聞いているようです。法則なので、必ず同じようになります。ですから、皆さんはこのようの人のようになってはいけません。イエス様の教えにまるで逆らっているようにこの世の人たちは振る舞っているからです。イエス様のお語りになったことを疑ってはいけません。この通りに実行していけば、あなたは奇跡を体験するでしょう。人から裁かれると実に嫌なものですが、他人には平気で裁いてしまうかもしれません。逆に言えば、他人を裁くので、自分も裁かれている、ということも真実なのです。主の救いは人の不安を取り去り、平安に置き換えることです。そして、信仰は主への絶対的な信頼です。ですから、主の教えをちゃんと守るということです。人から酷い目に遭っても赦すと決めておくのです。あなたが良いものを与えるなら、良いものが驚くほどあなたにも与えられるのです。これは、神様が生きている証拠です。今日の箇所は、あなたも知っていると思います。しかし、「自分の量る秤で量り返される」を忘れてしまうことがあるので、注意が必要です。あなたの秤は大丈夫ですか。 

 

6月9日(金)

天地創造の前に、神はわたしたちを愛して、御自分の前で聖なる者、汚れのない者にしようと、キリストにおいてお選びになりました。イエス・キリストによって神の子にしようと、御心のままに前もってお定めになったのです。

エフェソ1:4、5

 

私たちは、聖書から人間の知らない創造前の重要な出来事を知ることができます。それが今日の聖句です。この記録によれば、この世界が造られる前に、キリストにおいて神の選びにあずかったことを告げています。ありがたいことに、神は私たちを愛してくださったのです。さらに、神は、私たちを主の前に聖なる者、汚れのない者にしようと、キリストにおいて選ばれたというのです。「キリストにおいて」というのは、キリストが私たちを聖なる者、汚れのない者にするということです。それだけではなく、あなたを「神の子」にしようと前もってお定めになったのです。もちろん、キリストによってです。ですから、罪人であった私たちをキリストが罪の贖いと清めをされ、聖なる者にされるのです。そして、それは天地創造前にキリストにおいてお選びになったからだというのです。それは、究極的には神の子にしようと神が決められたということです。しかし、土塊に過ぎない者を、神の子にするということには、相当の難しさがあるはずです。ですから、人間が律法を遵守して良い行いで聖なる者になろうとしてもできるはずがないのです。キリスト抜きには決してできないことなのです。しかし、神の不思議は、あなたが救われたのは、偶然ではなく、はるか昔に、天地がまだ創造される以前に、選ばれていたのです。それは、天国に私たちがいたということではありません。全能の神が時間を超越して、あなたを愛し、知っていたということです。ですから、あなたがクリスチャンになったのは、偶然ではありません。神の選びという神秘があって、時満ちてクリスチャンになったのです。それなのに、神の選びを軽んじてはいけません。あなたは聖なる者、汚れのない者にされるのです。神の子はもはや被造物ではありません。あなたは、文字通り神の子になって天国へ入ることになっているのです。ですから、この世に執着するべきはありません。いつでも思いを高く、キリストに向けていることが大切です。聖書に書かれたことは成就します。神の選びを感謝し、書かれた通りになるように信じましょう。