ディボーション

Capri23autoによるPixabayからの画像  梨の花
Capri23autoによるPixabayからの画像 梨の花

 

1月29日(水)

わたしの神は、ご自分の栄光の富に応じて、キリスト・イエスによって、あなたがたに必要なものをすべて満たしてくださいます。

フィリピ4:19

 

 

神様の約束を信じる事は正しいとクリスチャンなら誰でもが認めるでしょう。それなのに、時々将来の事や経済の事、健康の事など不安になることがあるでしょう。これらは実に信仰の事なのです。聖書には今日の聖句のように「あなたに必要なものをすべて満たしてくださいます」と書かれているのですから、本当は心配する必要がありません。クリスチャンはそもそも正しく生きる事を決意しているので、怠けることもしないし、真面目に生きているのです。ですから、困るような事は起こらないはずなのです。それでも、悩みが生じるのは、信仰が試されているからかもしれません。ですから、悩んで神様に祈る事は必要です。その中で、弱い心は強められ、自力ではなく神様に頼る信仰も身につけるでしょう。そして、何より、神様が今日の御言葉の通りに自分にもしてくださると体験できるのです。そうとわかれば、いたずらに不安に思う必要はありません。主の御心を求めて生き生きと生きていけるはずです。主に与えられた人生を豊かに生きて行きましょう。

 

David MarkによるPixabayからの画像
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1月28日(火)

どのような苦労にも利益がある。

口先だけの言葉は欠乏をもたらす。

箴言11:8

 

誰でも苦労はしたくないでしょう。しかし、嫌だといっても避けられるものではありません。ところが苦労の不思議があります。同じ事をしているのに、一人は苦労ばかりと不平を言い、他の人はやりがいを感じていると言うのです。また、全く似たような経験をしているのに、一方が嫌だ嫌だと文句ばかり言っているのに、もう片方の人は不平も言わずに黙々と仕事をこなし、楽しいと言うのです。このような極端な違いが本当に起こるのです。嫌な事は自分のためになる事なのだと、自分に言い聞かせて積極的にしていました。まだ若く青年会の頃、教会で訪問伝道をする事になりましたが、そんな事はしたくないと嫌でしがたが、出かけて行きました。その時は、婦人伝道師と一緒でした。その人について行くと、不思議な事に訪ねて行く家で歓迎されて、楽しいのです。それからしばらくして、今度は後輩を連れて知らない場所に出かけました。今度は自分が婦人伝道師の役をして話さなければなりません。どういうわけか、セールスマンになったら成功間違いなしと思えるぐらい、スラスラと初めて会う人と話しているのです。でも、楽しくはありませんでした。婦人伝道師と一緒に訪問伝道をした時は、親しい人の家に遊びに行ったような楽しさがあったのに、今回は義務で訪問したような感じで、そつなくこなしましたが何かが違うのです。それから、牧師の召命を受けて、文書伝道を一夏する事になったのですが、それは大変でした。毎日、朝出かけるのが大変なのです。それは、訪問する家で歓迎されずに断られるからです。それなのに、本を売らなければなりません。そこで、文書伝道者の先生方がどうしているのかいろいろ教えてくださったのです。結局、自分の方法を見つけなければならないと悟りましたが、やはり主に頼って祈る事で活路を開こうと考えたのです。それで、不思議な経験もしましたが、朝に家を出る前、祈って今日どこへ行けば売れるか、考えると場所が見えてくるのです。どの道のどこにある会社だ、とわかるのです。それで、行ってみるとちゃんと売れるのです。結局、その年の文書伝道に挑戦した神学生の中で一番の成績をあげる事ができました。おかげで奨学金も貰えたのです。これで、牧師になっても人の家を訪問することが苦ではなくなりました。信仰も鍛えられて、苦労の分利益があったわけです。このように、大変な事や嫌な事が避けられないなら、祈って立ち向かう方が道が開けるものです。人間は可能性を秘めていますが、何もしなければ可能性で終わってしまうのです。それは残念な事ですから、口先だけではなく、苦労しても立ち向かう勇気が自分の可能性を引き出し、その先の人生の力となるのです。