2025年5月ディボーション

5月1日(木)

知恵ある者と共に歩けば知恵を得

愚か者と交われば災いに遭う。

箴言13:19

 

箴言には「愚か者」がよく出てきます。普通に考えれば、愚か者の反対は「賢い者」となるはずなのに、ここでは「知恵ある者」となっています。わかりやすい「愚か者」から考えてみると、そのような人と友達になったり、付き合えば、結果として「災いに遭う」というのです。これは、経験上そのようなことがあると思う人もいるでしょう。そして、理解しておきたいのは、「愚か者」は広い意味があるということです。神に逆らう者、自己中心に物事を考えている人、罪を犯して反省しない人、目先の小さな利益を求めて肝心の大きな利益を逃す人、平気で嘘を言う人、友を裏切る人、何が正しいか見分けられない人、人の価値を見分けられない人、欲に目が眩んでいる人、不誠実な人、誰に対しても親切にしない人、悪い道へ隣人を誘う人、書き出せばキリがありません。それでは、「知恵ある者」とはどのような人でしょうか。神の霊を受けている人です。聖霊の導きに従順な人です。聖書を読んで心に蓄えている人です。何が義であるかを知っている人です。神を信じて神の武具を着ている人です。聖霊の賜物を御心に従って使える人です。聖霊の実を結んでいる人です。他にも説明する言葉があるでしょうが、神様から来る知恵を持っている人のことを意味しています。それは、誰でも信仰によっていただけるものです。ですから、知恵ある者としていただけるように祈り求めましょう。

 

5月2日(金)

わたしの羊はわたしの声を聞き分けます・・•わたしは彼らに永遠の命を与えます。彼らは決して滅びることがなく、また、だれもわたしの手から彼らを奪い去るようなことはありません。

ヨハネ10:27、28

 

私たちは羊でイエス様を羊飼いと認めています。そして、信仰の生活を通してイエス様をよりよく知ってきたのです。ですから、イエス様の声を聞き分けます。聖書の御言葉を学んできたので、イエス様を装って偽りを話す者が現れても、容易には騙されません。イエス様のお約束は、私たちに永遠の命を与えられることです。イエス様を信仰している人は決して滅びることなく、悪魔でも人間でもだれもイエス様の御手から主を信じる羊たちを奪い去るようなことはありません。これだけ、力強い励ましを受けているのですから、勇気を出して信仰の道を邁進しましょう。イエス様の御言葉を信じると力が出てきます。主に感謝するなら、さらに喜びとなって心を満たします。イタズラに恐れることはしないで、主の愛の中にとどまるのです。自分の本当の価値はイエス様に愛されて知ることができます。今日も元気に1日を始めましょう。

 

5月3日(土)

神は、あなたがたを、常にすべてのことに満ち足りて、すべての良いわざにあふれる者とするために、あらゆる恵みをあふれるばかり与えることのできる方です。

Ⅱコリント9:8

 

クリスチャンになるということは、人間の常識を遥かに超えた素晴らしいことなのです。人間がこの地上で生きていく上で必要なものは常にすべて満ち足りるようにしてくださいます。そればかりか、すべての良い業にあふれる者とするために、あらゆる恵みを溢れるばかり与えることができると神は言われます。驚くことに、ちょうどよくではなく、あふれるばかりにと制限なくあらゆる恵みで満たしてくださるのです。ただ、それを実現するためには、積極的で肯定的な考え方が身についていなければなりません。もしあなたが否定的な考えばかりしているようなら、信仰者でも恵まれることは期待できません。聖書に、これだけはっきり書かれているのに、信じていないからです。あなたが救われたのは、神の恵みによります。なぜなら、救われるに足る功績が何もなかったのにも関わらず、救われたのは、ただ神の恵みによるからです。これで、私たちは悟るべきでした。この神の世界は信じることが実現して行く世界であることを。ですから、口先だけで心から信じていないことは実現しません。しかし、単純に御言葉を信じる人は、その通りに恵まれます。何も持っていないところから始めても、有り余るほどの恵みを得ることができます。ですから、心配したり、恐れることがなくなります。経済的に恵まれるだけではなく、生きがいややりがいのある素晴らしい働きができるようになります。主にできないことはありませんから、それを信じる人も同じように何でもできるようになります。主を信頼し、誠実に、信仰を持って、お仕えすれば、幸福な人生を歩めます。だれも、これを妨害することはできません。神に勝てる者はいないからです。あなたの本当の素晴らしい姿を表すことを神は待っています。主を信じましょう。

 

5月4日(日)

小さな群れよ。恐れることはありません。あなたがたの父である神は、喜んであなたがたに御国をお与えになるからです。

ルカ12:32

 

私が牧師になりたての頃、世界のキリスト教会では、メガ・チャーチと呼ばれる数千人から数万人の信者が集まる大きな教会が誕生していました。牧師インターンの時に、牧師会で説教する機会を与えられたので、私も日本に一万に教会を作ることを目指します、と語りました。先輩牧師たちは、嘲笑を浮かべ、まだ何もわかっていないから、と笑われましたが、それでも日本伝道に必要だとの思いは変わりませんでした。それから何十年も経ちましたが、そのようなメガ・チャーチは日本には与えられませんでした。きっと、日本人には向かないのだと思います。個人が大切にされ、手厚くケアーされる方が良いのでしょう。そのために、教会は小さな群れとなることになります。日本では、少数で礼拝をしている教会が多いのです。しかし、聖書の中には、「小さな群れよ。恐れることはありません」との御言葉があり、天の父が、「喜んであなたがたに御国をお与えになる」と書かれています。イエス様は牧者であり、私たちは羊の群れなのです。このイエス・キリストに導かれていけば、何も問題はありません。私たちは恵まれているのです。この小さな群れが天にたどり着くことができますように。

 

5月5日(月)

したがって、事は人間の願いや努力によるのではなく、あわれんでくださる神によるのです。

ローマ9:16

 

クリスチャンは、摂理信仰を持つといわれています。単なる偶然でことが起こると思っている人は運命と言うでしょうが、クリスチャンは神の摂理であるといいます。つまり、神は全能すべてをすべおさめておられる高きお方なので、偶然という事はない、と考えるのです。そうなると今日の聖句の意味もわかってきます。人間は、願いや努力で事を起こそうとはかりますが、そう上手く行くわけでもありません。むしろ、予期せぬトラブルで難渋することの方が多いのです。ですから、クリスチャンは祈ります。事が重要な事であればあるほど、祈るのです。それは、神に届き、神はあわれんでくださり、最善を成してくださるのです。このように神の憐れみによって生きるクリスチャンは、自ずと希望が与えられているのです。ですから、困っても悲観する事なく、主に頼り、必ず道は開けると確信しているのです。事実、その通り、主のお助けが目に見える形をとって現れるのです。懸命な主は、クリスチャンが成長し、御心にかなうように道を光で照らしてくださります。ですから、肯定的に考えるようにして、主の定めに従うのです。